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「これ勉強して何の意味があるの」

「これ勉強して何の意味があるの」
中学生あたりの数学なんかやってると聞かれそうな質問だ。こんなこと僕も受験のときとかよく考えてた。大体意味ないから勉強する必要なしという結論を引き出したくてこんなこと言い始めるんだけど、僕は昔から点取り虫なのでこういうこと言うやつへの反論ばっかりむりやりこねくりまわしてた。
あんまり自分でも意味があるとは思えないんだけど、割と自分が一生懸命やってることが無意味だと癪に障るので昔からいろいろとこじつけを考えてきた。

なんで急にこんなことを書き始めたかと言うともう二十歳になったし、真面目なことを書くのを恥ずかしがるのをやめて、フィルターをはずして普段思ってることを書けばブログも更新しやすいかなぁなんて考えたからだ。

なので最初のテーマは昔から疑問に思っていた「勉強になにか意味はあるのか」ということにしてみたいと思う。だけど別に考えはまとまってない。バラバラと最近読んだ本から考えたトピックを並べてみるだけだ。

「これ勉強して何の意味があるの」
中学生の僕なら「そうやって自分ができない勉強から逃げようとしてるだけだ」と答える。
ただ、不要なもの、自分には役に立たないと思っているもの、それから逃げることは悪いことではない。

「これ勉強して何の意味があるの」
高校生の僕なら「教養を身につけるため」と答えるだろう。
このころは古典を勉強する意味があるのかと繰り返しクラスメートに言われていたのでこんなことを言ってるんだ。
これもおんなじこと、教養は必要なのか。ていうか教養ってなんだ


「これ勉強して何の意味があるの」
こんな風に答えたこともある
自分がやりたいことがあるならその道に進めばいい。だけど決まってないなら勉強した方が選択肢が広がる。
少し譲歩した。でも本当?勉強したら選択肢は広がるの。学校でやってる勉強が社会で必要とされる能力なの


子供が大人に聞いて困らせる典型的な質問だけあって、どんな答えを作っても角が立つ。
じゃあ今どんな風に答えるか
2種類ある。まずは自分自身の感覚と一番合ってる答えから。
知識欲
これだ。ただ知りたかった、知るのが面白いから勉強する。意味があるかどうかなんて別に知らない。ただわけのわからない問題をルールに合わせて解けたら面白いし、歴史上の出来事や古文のお話も面白い。
なんか目の前に与えられてるし、そこそこ面白いときもある。だからやってきた。
これはあくまでも僕はそう感じてやってきたという自分に対する回答だ。みんなに当てはまるとは思わないけど、嘘はあまりない。
でもこれは何にも意味はないって言ってるのと同じだ。

じゃあもうひとつ
さっきの答えは知識に着目してた。「一次関数なんかやって何の意味があるんだ」これも知識に着目してる。
いかにも意味ありげな知識ですけどこれに本当に意味はあるんですか
これが「これ勉強して何の意味があるの」の意味なんじゃないかと思う。

賢い人たちが数百年も勉強してきたのに僕たちが生まれるころその知識に意味がなくなった学問がある。
マルクス経済学である

マルクス経済はソ連崩壊以前はミクロ、マクロ経済と並ぶ経済学の大きなジャンルのひとつであった。
それがソ連崩壊と同時にその学問的意味は消失した。
マルクス経済学は社会主義がどうしてもっともよいのかというのが
土台の土台にある学問だったからだ。
ではマルクス経済学を学んだ者たちは何の意味もなかったのだろうか。
何の意味もなくなった人もいるんだろう。散々バカにされているのをあちらこちらで見たことがある。でも全員が全員そんなわけじゃないだろう。
意味がなくなった知識群たちから今にも活きる能力を身につけた人だっている。

僕らが目的としている知識というのは今学んでほしいことのなかでも小さい部分しか担っていないんじゃないか。そこから得られる何か別の知識と言うか知識じゃない能力というか方法というかみたいなものが勉強をして得られる最大のものなんじゃないか。ということが僕の伝えられ、かつ相手にも伝わるんじゃないかと考えられる「これ勉強して何の意味があるの」に対する回答である。

長い

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